ジジド・ムンフバト 肝臓癌だった?国民的英雄とは?

こんちゃ^-^b 舞ちんです♪

 

日本大相撲の横綱である白鵬の父親で

あるジジド・ムンフバトさんが76歳で

自宅があるモンゴル・ウランバートルで

他界されたそうです。

 

今回は白鵬の父親であるジジド・ムンフバト

さんの病気についてや偉大な記録などを

書いていこうと思いますので興味がありましたら

最後まで読んで下さいね。

 

 

 

 

ジジド・ムンフバトさんプロフィール

 

名前:ジジド・ムンフバト

生年月日:1941年6月1日(享年76歳)

出身地:モンゴル国

2007年の5月には江戸川区総合文化センターで

日蒙外交樹立35周年として白鵬と共に特別講演

をしたりと息子に対して「強いだけではなく

優しい心をもってこその横綱だ」と語るほど

心優しい人物だったそうです。

 

 

 

 

ジジド・ムンフバトさんの病気はなんだったのか?

 

病名は肝臓の病気ということですが日本でいう

肝硬変もしくは肝臓癌でなかろうかと推測します。

年齢も70歳を越えておられたので体に鞭を打って

今まで頑張っておられたのだと思います。

 

 

ジジド・ムンフバトさんが優勝したブフとは?

 

まずは1963年から1965年のモンゴル相撲で

あるブフという大会で3連覇をして優勝をした

ことで有名になります。

 

ここでブフってなんだろう?って思うのですが

2万年前、馬や羊などを家畜化したときに、野生の動物と

組み合ってねじふせたことが起こりという。相撲の起源になった

と言われるが、土俵がなく、寄り切り、押し出しがない。

また地面に手をついただけでは負けにならず、背中やひざ、

ひじ、頭などが地面について勝負が決まる。

日本の相撲だと手を着いたら負けなのですが

モンゴル相撲だと土俵もなく相手をねじ伏せて

勝負を決めるという、どちらかというとレスリング

に近い感じの競技って感じがしますね。

 

さらに3連覇を達成したことにより日本相撲でいう

横綱の称号と類似する「アブラガ」という称号を

頂いてから、このブフと呼ばれるモンゴル相撲で

6回も優勝をしたそうです。

 

 

 

 

ジジド・ムンフバトさんが国民的英雄とは?

 

ジジド・ムンフバトさんはブフで6度の優勝も

ですがモンゴル国で初の快挙を成し遂げています。

 

それはレスリング選手として1964年の東京五輪に

出場したり1967年にニューデリーで行われた

レスリング世界選手権で87kg級で銅メダルを

獲得して、翌年の1968年のメキシコオリンピック

では同じ87kg級で銀メダルを獲得してモンゴル国

では偉大な国民的英雄になったそうです。

 

ジジド・ムンフバトさんの息子の白鵬も日本の

大相撲で優勝記録を伸ばしておりますが、子は

親に似るのだなと思った瞬間でもありました。

 

まとめ

今回は大相撲横綱である白鵬の父親である

ジジド・ムンフバトさんについて書きましたが

如何だったでしょうか?

 

白鵬も今はショックかもしれませんが、

お父さんの分まで頑張って日本の相撲業界を

盛り上げていって欲しいですね。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

ジジド・ムンフバトさんへお悔やみ申し上げます。

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